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<急に作品が上がっているかもしれないタイトル>
幽遊白書、封神演義、最遊記、TIGER&BUNNY、新機動戦記ガンダムW、マクロス7、MARVEL(神兄弟、ガーディアンズ、パニッシャー、MCU他)、ゴールデンカムイ、ヴィンランドサガ、魔入りました!入間くん、バイオハザード(1~6)、DMC

極度に趣味の幅が狭いオタクですが、刺さったら永い傾向があります。

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管理人:いもむし

ここは自分用の思い出のアルバム

こんばんは、最近はまぁまぁ心の余裕が出てきたのにも関わらず、賢者モードからは抜けられていないいもむしです。いやほんとさぁ……萌えって大切な原動力なんだなって。そして萌えはホルモンに左右されちゃうんだなって。確かに私にも心が荒んだ時期があって、その時期はオタクどころではなかったんですよね。でもいつの間にか復活していました。だからまたいつか完全復活するとは思っているんですけど、今は推しのエロい姿も想像できないくらいの賢者モードです。例えるなら山に籠って修行しているような気分。そうか、これが悟りか……。こんなこと言いながらもサーバー代を3年分もまとめて支払っちゃったので、今後3年はここは残っていると思われます。じわじわ更新履歴に載せない過去作なんかも持ち込みました。色々ひどいけど思い出は宝物です。実はまだ沢山落書きはあるんですが、昔の自分は本当に飢えていて恥ずかしいので、特に歴創はもうこの辺にしとこうかなって思っています。私今のHN3代目なんですけど、初代HNの時の作品も出てきてさすがに目を覆いました。昔は数か月前の絵がすぐ見れなくなってサイトから消したりしていたんですが、不思議なもので今は下手な昔の絵も「下手だけど楽しんでいたな自分」とどこか過去の自分を羨ましく感じてしまうこともあり、私も歳をとったななんて感じてしまいます。(;’∀’)完全に自己満足だけど、大昔の自分の作品を見直してみるのもたまにはいいなって思いました。似たような構図ばかり描いていたし、塗りとか一辺倒の原色一択だったし、何でこんな絵描いて満足できていたのか不思議なくらいではありますけど……。ああでもこの頃の私は本当に楽しんでいたし、狂ったかのように絵ばかり描いていたなと、何か遠くから人が楽しんでいるところを見つめて私も嬉しくなるような、そんな感覚になりました。

最後に、メニューをコンパクトにしました。分かりにくかったらすみません。

昔の絵を年代順に並べてみた!!

先日、Googleドライブに過去の絵や漫画を放り込んでいたんですが、これ年代順にまとめたらまたモチベーション上がるんじゃないかと思ってやってみました。まとめたらすごく恥ずかしくなったんですが、結構時間かかったのでここでもネタにしておきます。ざっとインスタの方では語っていますがここではもう少し詳しくいきたいと思います。(相変わらずの自己満です)

2007年と言いつつ、改めて見たら2006年のものも入り込んでいました。(;’∀’)結構ざっくばらんに管理していたので、ファイルの中身見ないと描いた年代がはっきりしないものもあったりします。昔のファイルなので、何でこのフォルダに入れた?みたいな絵もたくさんありました。

私の絵って今もそうなんですが、動きがないんですよね……。それに気づいたのが割と後だったので、この当時の絵は本当に見れない感じでした。その中でも当時はそれなりに気に入っていたものを入れたんですけどううむ……。(;’∀’)これ描いた当時は現代では絶滅したというCGIを使った絵日記が主流で、個人サイトを持っている人たちは皆これ付けて運営していました。まだブラウザの解像度も低い時代でしたから、300×300で描いてもそれなりに画面に大きく表示されていました。私は350×350で描くことが多かった気がします。ほんとにこのドット絵に時代を感じますよね……。もう今は見なくなりましたし。当時付き合いがあった同人友達がドット絵が滅茶苦茶上手い子だったので、私はほんと、ドット無理芸人になり果てていました。それでも一生懸命描いていたんですよ……懐かしい思い出です。それと選択した絵が一般向けではありますが(これでも)ほんっと当時は絡み絵が多かったです!!半裸の絵多過ぎだろ自分ーーーーーーー!!!!!!!と思って、この時代の絵はサイトに持ち込むのを断念しました。ほんと、飢えてたんだと思います自分。(;’∀’)<若かった……。

絵の中身の話をすると、2004年からこの当時くらいまで斎/藤/一にハマっていて、公式のご夫婦とドラマから派生した沖/田/総/司とのCPにお熱でした。(そしてこの頃はまだ左右固定派でした)ドラマの二次から数えると結構長いことやっていたんですが、創作始めてしばらく経った頃に自分が史実の彼らではなくドラマの彼らがすきだったことに気づいてしまいました。同時に史実に詳しくなればなるほど萌えが減っていくという現実に直面して、長/州の方に流れました。長/州メンツも要人暗殺とかやることやっているんですが、村/塾のメンツ内は割と平和だったので(一部除いて)、長く続けられたんだと思います。ただ、今思うと実際に生きていた人たちをネタにして本当に申し訳なかった気持ちがあります。後に色々あって離れることになるんですが、今では離れられてよかった気すらしています。歴史は元々すきなので、今度歴史創作するなら腐向けはよそうと心に決めております。

ここ(2008年)からはサイトにも上げているんですが、懐かしの「キラッ★」の絵が残されていたので入れときました。(^○^)これはトレスで描いてないはずです。私はこの白い子と黒髪短髪の子のリバCPを推しておりました。どちらかというと黒髪が左寄りなんですが、それはメンタル的に黒髪が受けだったからという理由です。(持論)難しい本もたくさん読んで勉強したのに、今ではもう知識はほとんど抜けております。お金もかかりました……某野田先生も仰っておりましたが、歴史を扱うと金が飛ぶんですよ……。お高い古書とかも買い漁りましたし、難しい本もがんばって読みました。身内の加護あって、聖地巡礼に宿泊代がいらなかったのはせめてもの救いでした。私は2005年くらいから歴創やっていたんですが、勉強しなきゃ描けないことを悟ったのが確かこの辺りです。(遅)絵も未熟なのに知識もつけるって結構大変だったから、当時の情熱は凄まじいものがあったなと思います。絵はこの当時自分の画力にあんまり不満がなかったので(実は今の方があるくらい)楽しく描けていたと思います。

2009年の絵は2008年と大差ない感じではあるんですが、ちょっとだけ頭身がマシになった気がしないでもないです。左の一番上に入れた絵が今でも割と気に入っています。(^○^)私は若い頃から「何も見ずに描ける人が上手い人」という思い込みを抱えて生きていたので、この当時もまだ資料を見るということを一切しておりませんでした。今は何も見ないと描けないので、当時の方がある意味画力が高かったのではないかと思ってしまいます。(;’∀’)

この辺りから、すきな人物が増えてきて歴創が一番楽しかった時期だった気がします。そこそこ交流もあった気がします。トレスで描くのもたまにはいいなって学びました。この時代は確かニコニコ全盛期くらいじゃないでしょうか?

この後くらいに自分の絵柄を大幅に見直したんですが、それでも肩幅がない上に顔がでかいという特徴は意識しないと消えませんでした。肩幅は私自身がない人なので、絵は描く人に似るというのを体現してしまっていた思い出です。

2012年くらいから大きいイベントだけちょこちょこ顔を出すようになりました。漫画もこの頃が一番描いていた気がしますが、漫画は本当に難しかったです。元々話は文字で書く派ではあったんですが、漫画の方が見てもらえるのを知っていたので無理やりがんばっていました。でも2013年に出した漫画本で心がぽっきり折れてしまい、もうしばらく漫画はいいやってなりました。しかしこの後にプチアンソロを主催して出しているので、結局懲りずに元の木阿弥だったのも懐かしい思い出です。

この頃になると本命が右下のピンハネの子になっていきました。この子主人公の長編をいつか書きたいと思っていたんですが、達成せずにジャンル撤退をしてしまったのは今でも悔しく思っています。元々史料が少ない子なので、書いたとしてもほとんど創作になるため、いつかこの時代を背景にしたオリジナルファンタジーでも書いて、その主役のモデルにしてもいいなって夢みたいなことはまだ考えます。

この頃は色々あって段々と歴創から心が離れつつありました。10年以上滞在していたジャンルを離れる覚悟ができずうだうだしている時に、特撮にハマりました。プライベートがあまり上手くいっていなかったため、現実逃避で簡単に転びました。前にどこかで語ったかもしれませんが、キョウリュウジャーの空蝉丸(このもう少し後にハマります)とOOOのアンクちゃんとドライブのチェイスが私の三大推しです。実写にハマったことが2004年以降一度もなかったため、それっぽく見える絵を描こうとすると顔だけになるという悲しい現実に直面しました。でも人物のデッサンの見直しができた気がしないでもないです。

2016年はキョウリュウジャーの空蝉丸に捧げた年だった気がします。同時に、実写にハマると二次元よりずっと金が飛ぶということを学びました。模写も大変だったため、マジで定着させるのに苦労しました。絵が安定していないんですが、空蝉丸を描くのは楽しかったです。丸山くんの舞台にも何度か足を運んで、すごい近くで観たのもいい思い出です。そうそう、ファンイベなるものもこの時初めて参加したんですよ。間近で推しが自分に喋りかけてくれたのは凄く感動しました!!ただ、ファンイベは都心在住じゃないと金がいくらあっても足りなくなるため、もう今後は慎もうと心に誓った思い出です。

2016年から一気に飛びます。ブランクの間は描きたいものがなくて寂しい毎日を過ごしておりました。そんな中もwtはずっと読んでいたんですが、急に最推し登場で居ても立っても居られない状態から手探りで二次を始めました。元々はピン萌えで、イコさんいなかったらこんなに枚数描かなかったのは確かです。またきっと前のペースとは言わないまでも、定期的に絵を上げられるようになりたいと思ってはいます。

wt自体はワニメ1期のアフト編(2014年)でハマっていて、当時の絵もlogには入れていないんですがまだ残してあります。この当時はまだ最推しがいなくて、「18師弟かわいい」を連呼していました。とりまるがワニメ1期ラストでとりこなフラグを立ててくれたお陰で、当時完全に夢女だった私は泣き崩れ、結局腐に流れたというひどいオチなんですけどね!!それでも当時の私は戸惑ったし、とりまるから離れたくない、でも君が小南をすきなら私は潔く去るよ……そんな思いでした。(;’∀’)でもそれもこれも全てはイコさんに出会うための布石だったと思うとこれも人生です。イコさんと出会えたことでプラス思考を会得して今日に至ります。ありがとう、あしせん……素敵なキャラを生んでくれて、本当にありがとう!!今後もこっそり陰から応援したいと思います。(^○^)

いつになく長くなりましたが、ここまでお読みくださりありがとうございました!!

諸々コンテンツを追加しました

歴創の方に昔出した本を追加しました。履歴に書いても見ている人はいないと思って履歴にすら書かなかったんですが、見てくださる方がいらっしゃれば……。(;’∀’)本を出版した月日で投稿しましたので、遡らないと見れないですけど。それと、数点ですが歴創の方に絵を追加しておきました。また増えるかもしれません。(実は今出ている絵は一部のものだったりします←特に2010年以前)

昔描いた絵は何とか見れるんですが、漫画はほんとにきつくて……すでにwtの方もきつくなってきているので、また何か新しいものを生産したいところです。まだ産後の賢者モード継続中ではあるんですが、イコさんへの愛はちゃんと健在なので(無論例の鏡はゲットしました★)、最早書くべきなのは夢小説なんじゃないかとすら思えております。ふとした瞬間に萌えが戻ってくることがあるんですが、瞬間的に形にできない状況が続いているので難しいという言い訳です。でも最近睡眠時間を削って昔の絵見返してデータをまとめたりしていたので、気力がない状況からはある程度脱出できた気がしています。

昔の絵で思ったことがあったので、昨日年代順に画像にまとめました。数日中にここでネタにしようかと思います。それと、アカウント作るだけ作って放置していたインスタをじわじわ稼働させています。相変わらず壁打ちですが、ご興味あれば飛んでみてください。(^○^)(すぐ消えている可能性もありますが)

更新履歴には載せなかったんですが

メールフォームを先日付けてみました。サイズ変更したかったんですが上手くいかなくて、もうこれでいいやって思っています。そのうち解決策見つけたらまたいじっておきます。サイト時代に培ったHTMLの知識があんま生かされてないんですよね……。wpって素人向けに作ってあるから、何も思い出さなくてもそこそこ形にはなるからすごいです。

それとこの前うだうだ言っていた海くんの一人称を「オレ」に訂正しておきました。ざっと検索かけて直しただけなので、漏れがあったらすみません。結構一人称は後で修正かけたりしていたので、他にも間違いあるかもしれません。幸いイラストで直すところなかったのはありがたかったです。

ちょこちょこ絵のリハビリ始めていますが、1年くらいほとんど何も描かなかったので、完全に右手が退化しています。(;’∀’)もう少し時間がかかりそうなので、また時間をあけて遊びに来てくださると嬉しいです。それでも、これまで数だけは沢山描いてきたつもりなので、昔の絵とか見返して色々と思い出したりしていました。歴創やっていた頃はちょこちょこサイト内整理とかいって絵を消したりしていたんですが、ここの絵はそうそう消すことはしないつもりでいます。今見ると下手だなって思う絵でも、描いた当時は一生懸命だったななんて思うので、思い出のアルバム気分です。まだ出せそうなものがそこそこあるので、また気が向いた時にまとめてupしようかと考えています。

近々、20年弱で絵がどう変わってきたのかまとめてみるのも面白いなって考えています。今ここに上がっている絵よりも前の絵もあるので(最早ネタレベルで下手)恥ずかしいやら何やらなんですけど。こういうのって楽しいの自分だけだと思うんですが、楽しそうなのでやろうかなって思います。(^○^)

ではまた!

冨樫義博展-PUZZLE-

またまた日をまたいでしまいましたが、11月15日に冨樫義博展に行ってきました!!平日なのに人が多くてびっくりしたんですが、とても楽しかったです。(^○^)数日またいじゃったので、覚えていることだけレポートします。

全体的なこと▼
・当日券はすでに完売していたのもあり、人が多かったです。入り口のところ(しかも本命の幽白)で人が詰まっていたのは何とかして欲しかったですね……人が多いのはわかるんですが、もう少し小分けにして人を入れるか、一定時間で進むようにアナウンスして欲しかったです。
・順路はありますが、各区画内でしたら戻ることは可能でした。私は人混みを避けて閲覧したんですが、順番にそって閲覧したかった気持ちもあります。
・公式でアナウンスがあった通り、物販は展示会場を出たところにあって、一度展示会場を出るともう戻れない仕組みでした。万年日めくりカレンダーは買うつもりで行きましたが、忘れて帰ってしまいました。(;’∀’)でもコースターと箔押しカラーカードのBOXを買ってしまった(元々どちらか一つにするつもりだった)のでまいっかなと。通販開始してその時に欲しくなったら買うかもしれません。

展示会のこと▼
・入口を入ったところから、パズルのコマ毎に冨樫ワールドが広がっていました!!皆推しを探すのに必死になっていたところで、私の目がいったのは仙水のあの顔でした……もっとあるだろ!!って笑うしかなかった。
・当時の原稿はデジタル処理されていないため、ベタの部分などに筆の跡が残っていて感動しました!!幽白やレベルEなんかは作品自体も古いため、原稿のヤケなどに年季を感じました。
・幽白で当初人気を狙って描かれていたはずなのは蔵馬だったのに、飛影がぶっちぎりで人気になった話が面白かったです。どのような作品でも、作者が意図しないキャラが人気になったりしますよね♡(てつじ然り)
・私が冨樫先生の絵で一番すごいと思うところは、異形な生物の描写です。絶対自分の中にはない世界観なので、改めて生で見て凄いとしか言いようがなかったです。
・幽白のメインキャラクター毎に名シーンの原稿がまとめられていました。全部見入って見ましたが、とても美味しい展示の仕方でした。スタッフさんありがとうございます。
・実はレベルEもすきだったので、壁と壁の隙間にバカ王子とクラフトがいるのに感動しました!!ちなみにクラフトが推しなんです……HHには推しがいないけどレベルEには推しがいるんです……。

感染対策ではちょっと気になった部分がありましたが、全体的には大満足です!!冨樫先生の展示会なんてもう二度とないかもしれないし、幽白の原作絵のグッズはもう出ない可能性もあるため、結構散財しました。それでもかなり削って買ったつもりだったんですけど……。HHとレベルEのグッズは諦めてしまいました。それでも3万近く飛んでしまったので、最早これまでといった感じです。( ◜◡◝ )

会場はHHが一番広くとられていました。(連載年数的には当たり前ですよね)一応フォトスポットも設けられていましたが、マスク外せないしすぐ人が並んでしまうため、会場外にスタッフ付けて設営してくれたらもっとよかった気がしないでもないです。(どちらにしろ混雑すると思いますが)

幽白は私のオタクの入り口で青春そのものなので、今も大切にしている作品です。絵としてはレベルEの方が完成されている感あるし、話や設定としてはHHの方が飛び抜けているとは思うんですが、幽白は未だに繰り返しアニメを観たり漫画を読んだりしてしまいます。(HHも原作は一通り読んでいますが、集めるのは終了してからにしようと20年前くらいに決めました)冨樫先生ご自身、「幽遊はもういい」なんて仰ってたのを知っていたため、このような展示会が開かれることはないと思っていました。なので、開いてくださったことに感謝しかありません。色々と心配な世の中なので、多分二度目は行けないんじゃないかと思っていますが、図録を読み返して当日の感動を思い起こそうと思います。