狐雨<過去編>

父親がよそに女を作って森の餌になったのは、もうずいぶん昔の話だ。
あとを追って死んだ母親に対しては、多少の同情はあったが妙に冷めた気持ちを抱いていた。
心が弱い奴は感情に振り回される。
感情を自分から殺しにいくようになったのはあの頃からだったかもしれない。

「荒船、決まったぞ。」

ぼうっと資料を眺めながら、ずいぶん昔のことを考えていた。
最近は忙しくて、過去を振り返ることなんてほとんどしなかったはずなのに。

「東さんは何て?」

「任せるそうだお前に。一小隊を。オレもそこに入れてくれ。」

穂刈は俺の正面に座り、こちらを覗き込んだ。

「駄目か?」

「……すきにしろよ。おまえなら、もっといい上司がいるとは思うけどな。……俺はまた少し出てくる。」

「またじいさんの首探しか?」

「ああ。」

やっと先日、首の在処の目星がついた。
じいさんは狐としては最低な奴だったが、術師としては最高の腕を持っていた。
今頃は間違いなく、殺した人間も縁者諸共それなりの罰を受けているだろう。

両親が死んでしばらくは、俺はそのじいさんの世話になっていた。
死んで首から下だけで戻って来たときは、とうとうそのときが来たのだと思っただけで、涙すら出なかった。
世話になったのは確かなのに……少し申し訳ないとは思った。

「よぉ、首は見つかったか?」

人の世と俺たちの世の間には、闇深い森が存在する。
人の世へ渡るには必ず通らなければならないこの森には、対応が難しい妖が多く住まう。

森の影がざわざわと足元を通り抜け、その影が目の前で人型に変化した。

「カゲか。」

カゲは森に住まう影の妖で、狐も妖も人も自然も飲み込むことができる。
東さんによると、腹が減る周期が決まっているらしい。
こいつは一度その東さんにやられているから、俺たちには手を出せない。
狐の罪人はこいつの餌になるので、俺たちは貴重な食料原……という理由の方が大きいかもしれないが……。
空腹になる前に間食を続けているため、最近はかなり大人しくなった印象だ。

「おまえ、腹が減ってるわけでもねぇのに、殺して食うのはやめろよ。」

「うっせぇよ。食うのが目的じゃねぇ。殺すのが楽しいんだよ。」

「また東さんにボコボコにされるぞ。」

「狐は食ってねぇよ。」

まぁ俺たちに危害がなければ問題ないか……。
俺も少しじいさんに似ているところがあるのかもしれないな……同朋以外への情が薄い気がする。

「殺しすぎるなよ。俺のじいさんみたいになる。」

「誰に言ってんだよ。」

カゲと別れてから更にしばらく森を進むと、小さな祠がある。
この小さな祠はいくつも存在していて、それぞれが人の世への入り口になっている。
祠の傍を通り抜けると、そこは人の世だ。

「うっ、……ひっく、……」

古く錆びれた祠だ。
近くに人がいることは珍しい。

「ひっく、……」

祠の横で、子どもが膝を抱えて泣いていた。

「おい、」

「へ?」

「そこにいると邪魔だ。」

子どもは、ぼそりと謝罪の言葉を呟いて立ち上がる。
よく見ると小さな足を引きずって歩いていた。

「怪我してんのか?見せてみろ。」

よく見るとあちこちに傷や痣がある。
虐めにでも遭っているのだろう。
特段珍しいことじゃない。

人の子は妖に引き込まれやすいからあまり深く関わりたくないとは思いつつ、ただの気まぐれ……最初はそう思っていた。

「泣くなよ。男だろ?」

「うん。」

傷を治す術は……実は本来割と高等技術だ。
母親の影響で、俺はちょうどこの子どもくらいの頃から使えていたんだが……。
俺はその場で子どもの怪我を治してやった。
もし騒がれたら記憶だけ消して立ち去ればいい。
そう軽く考えていた。

「すごいね、狐さん。」

「まぁな。狐に治してもらったなんて言うなよ?また虐められるぞ。」

「うん。ありがとう。」

子どもは素直に礼をいうと、その場を立ち去ろうとした。
ちょっと待て。
俺は子どもの腕を咄嗟につかんでいた。
そして……つかんだ瞬間に確信した。

「おまえか?」

「なっ、何が?」

じいさんの気配は、この子どもからする。
こいつが呪詛の軸だ。

「痛いよ……」

「悪い、」

手を放してから、まじまじと子どもの顔を見つめてしまう。
引き込まれそうな大きな目に、自分の姿が映った。

じいさんを殺したのはこいつの縁者だ。
じいさんの首は、こいつの近くにある可能性が高い。

「おまえ、名前は?」

「鋼」

「コウ?どう書くんだ?」

子どもは傍にあった石を手に取り、土の上に名を刻んだ。
「ハガネ」と書いて「コウ」とは……。

「何だ、強そうな名前じゃねぇか。」

「そうかな?」

鋼は少し頬を染めてはにかんだ。

「鋼、お前の家はどこだ?」

「あれ。」

鋼は目の前の黒い瓦屋根の家を指差した。
今回は当たりのようだと悟ると、口元が緩む。

「……狐さん、」

「何だ?」

「狐さんは、人じゃないね。」

「まぁな。」

「人じゃないけど、おれと……」

言いかけて、急に鋼はうつむいてしまった。

「何だ、はっきり言えよ。」

「おれと、……ともだちになってほしい。」

驚いた。
出会ったばかりの妖に、友になれとは。

「ははっ、まぁいいぜ。」

これですんなり首が手に入る。
このときはただそれだけの理由で承諾した。

「ありがとうっ!!あのっ、そのっ、……」

鋼は頬を染めて急にもじもじし出した。

「何だよ?」

「狐さんの名前は?」

「荒船」

「あらふね……」

「こう書くんだ。」

俺は鋼の掌の上に、爪先で名前をなぞった。

「荒船、荒船、……かっこいい名前だね。」

「そりゃどうも。」

二人で石段を下り、鋼の家の方面へと歩みを進める。

「家はここだよ。」

鋼が、自宅の門前で足を止めた。

「そうか。」

もう何人か死んでいると、気配だけでわかった。

「鋼、おまえ……寂しいか?」

「え?」

狐の呪詛は人を喰う。
軸はそのつもりがなくとも周囲の人間を殺していく。
そして大人になる頃には人ではなくなる。
首を浄化しても受けた影響だけは残るから……鋼はもう駄目だろう。
こちら側に来ても中途半端な存在だ、すぐに淘汰される。
だから苦しむ前に、殺してやらなきゃならない。

その日の深夜、俺は早速首を奪還して鋼を殺し、元の世界に帰るつもりだった。

「荒船、そこで何してるの?」

暗闇の中、首の気配を追って鋼の家の蔵を漁っていると、鋼が蔵を覗きにやってきた。
子どもは妖の気配に敏感だということを失念していた。
せめて人型ではなく獣の姿で家探しすべきだったが、後の祭りだった。

「よ、よぉ、……それが、腹が減っちまって……」

咄嗟のこととはいえ、俺としたことがかなり苦しい言い訳だ。
さすがの鋼も変に思っただろう。
ここは記憶を消して出直すか、それともこの場で……。

「荒船、ごはんならこっちにあるから、中においで。ここは蔵だから、食べ物は置いてないよ。」

そんなことは見りゃわかる!!
だが、騒がれなくて助かった……。
とりあえず首に関しては後日出直すとして、鋼についていくことにした。

鋼は俺を自室に引き込むと、部屋を出て行った。
そして暫くすると、いびつな形の大きな握り飯をいくつか皿に乗せてやって来た。

「はい、ごはん。おれがにぎったから、あんまり形がよくないけど……」

「悪かったな、そのっ、……」

「ううん、おなかがへっていたなら仕方ないよ。今日の残りだからもう冷たいけど……。」

咄嗟に口から出た出まかせとはいえ、せっかく作ってくれたんだ。
手を合わせてから、握り飯に手を伸ばした。
すると、鋼は俺の食べる様子をじっと見つめてきた。

「何だよ?」

「ううん、何でもない。おいしいといいなって。」

そのとき、急に鋼の腹の虫が大きく鳴った。

「あっ、……」

「鋼、俺はこんなに食わねぇから、腹減ってんならおまえも食えよ。」

「いいの?」

「いいのっておまえん家の米だろ?馳走になっているのは俺の方だ。すきなだけ食えよ。」

「ありがとうっ!!荒船は優しいね。」

鋼は嬉しそうに皿の方に手を伸ばした。

優しいのはおまえの方だろ。
俺は今すぐにでもおまえを殺そうとしているんだぜ?
おまえは生きている限り周囲を不幸にするんだ。
優しいおまえは真実を知ったら嘆き悲しむだろう。
だから俺が止めてやる。

「荒船?どうしたの?」

「いや……」

鋼の細い首に手をかけて殺すのは簡単だ。
簡単なはずなのに、なぜかその晩は躊躇われてしまった。

翌日―――

俺は首を奪還する時期を、じっくりと伺うことにした。
つまり、鋼を含め家に誰もいない時間にこっそり忍び込んで探す。
狐の術は万能というわけじゃない。
俺は家ごと燃やすことはできても、簡単に首だけ持ち帰る術は持ち合わせていなかった。
まぁ、俺の属性が盗みに向いていないだけなんだが……。

「荒船、今日はおなかだいじょうぶ?」

「あ、ああ、……おまえよくここがわかったな。」

鋼の家の裏には、小さな森がある。
あちらとこちらを繋ぐ祠は、この森の石段を登った先だ。
まぁつまり俺は、森に身を隠しながら家の様子を伺っていたわけだ。
そしたら背後から声がかかったので、少々驚いた。

「荒船はともだちだから、すぐにわかるよ。……またおなかすいてるんじゃないかと思って作ってきたんだけど……よかったら一緒に食べよう?」

差し出された弁当の包みは、まだ温かい。

「おまえが作ったのか?」

「うん。」

「昨日は……悪かったな。」

「ううん、おれ他にともだちいないから、うれしかったんだ。荒船がおれの作ったにぎりめし食べてくれて。」

鋼が頬を染めながら屈託のない笑顔を向けてきた。

「鋼、手ぇ出せよ。」

「何?」

俺は鋼の掌に、飴玉くらいの水晶の玉を置いた。
母親がお守りにくれたものだが、特に何の術もかけられていない。
俺からしたらただの石だが、何となく捨てられなかったものだった。

「お守りだ。取っとけよ。」

昨日と今日の飯の礼で、ただの気まぐれのつもりだった。

「わぁっ!!」

鋼は水晶を空にかざして覗き込んだ。

「きれいっ!!空が見えるっ!!荒船も見えるよっ!!」

こちら側を覗き込みながら当たり前のことに喜んでいる鋼が、少し愛しいと感じてしまう。

「そうだな。」

「たいせつにするねっ!!」

「大したもんじゃねぇから、飽きたら捨ててもいいぜ。」

「やだっ!!捨てないよっ!!」

鋼は水晶をそそくさと懐にしまった。

「ところで、また誰かに殴られでもしたか?」

「あ、うん……おれ、なぜかよく誰かのうらみをかうんだ。だからともだちは他にいなくて……でも、今日は泣いてないでしょ?昨日泣くなって叱ってくれたから、もう泣かないようにしてるんだ。」

「……でも、血が出てるぜ。痛ぇんだろ?」

口の端に血が滲んでいるし、着物から覗く腕にも痣がある。
鋼の口元に付いた血を、俺は指で拭ってやった。

「昨日はああ言ったが……あんま無理すんなよ。」

何となく鋼を引き寄せぎゅっと抱きしめると、鋼の短い腕が背中……というか脇腹に回された。

「うん。」

「傷見せてみろ。」

鋼に着ているものを脱がせてから、その体中の傷跡を見て驚愕した。
昨日は外から見える傷しか見ていなかったから気づかなかったが、よく見ると子どもの喧嘩でできたとは思えない痣もあった。
長期的に暴力を受けているのは見るからに明らかだ。

「鋼、おまえ家の者にも何かされてんのか?」

「え?……あっ、……そんなことは……」

「見りゃわかんだよ。そうだな?」

鋼は黙ってこくりとうなずいた。
半分はじいさんの呪詛が原因だろうが、こんな小さいガキが慢性的に負っていていい傷じゃない。
傷を癒し、着物を着せて、二人で飯を食っている間……俺はずっとらしくないことを考えていた。

「よし鋼、おまえに剣を教えてやる。」

「へ?」

口元に飯粒を付けた状態で、鋼はぽかんと口を開けた。

「強くなって見返してやれ。」

「でも、おれが悪いから怒られるんだよ?」

「おまえは悪くねぇよ。見りゃわかる。」

「……ほんとに?」

「ほんとだ。」

最終的に殺そうとしているガキに向かって何を言っているんだと笑われるかもしれないが、俺は翌日から鋼に剣術を教えることにした。
ちょうど一部隊を任されることになったところだし、実験台になってもらおう……という口実の元に。

「いいか?柄はこうやって握るんだ。小指の方に力を入れろ。」

「うんっ!」

「腰はもっと落とせよ。」

「うんっ!」

「そうだ。今のは悪くない。」

俺は鋼にも持てる大きさの刀を術で作り、鋼に与えた。
教えてみてわかったが、こいつは滅茶苦茶覚えが早い。
教え甲斐があるから、俺の方もどんどん楽しくなっていった。

「足運びは……そうだ、上手いぞ。」

「うんっ!!」

俺は日の高さからそろそろ昼だということに気づいて、木陰に置いていた風呂敷包みを鋼に見せた。

「鋼、そろそろ休憩にするか。今日は俺が飯準備してきたから、食うだろ?」

「ほんとに?荒船のお弁当??楽しみ!!」

俺は重箱を包んでいた風呂敷を解いた。
あっちの世界に戻って、わざわざ鋼に食わせるために作ったんだ。

「わぁっ!!」

重箱には自慢のおかずをぎっしりこれでもかというくらい詰めてきたからな。
色合いもバランスも完璧なはずだから、鋼が喜ぶのも当然だろう。

「どうだ?」

「おいしそう!!」

「ちゃんと手ぇ拭いてから食えよ。」

「うんっ!!」

二人で飯を食った後、そのまま並んで草の上に横になった。

「おれ、こんなにおいしいお弁当はじめて食べた。」

「そりゃどうも。」

「荒船はいつでもおよめにいけるね。」

「どういう意味だそりゃ?」

「でもおれ……荒船がおれからはなれちゃうの……嫌だな……」

「鋼、」

鋼は満腹になったからか、小さな寝息を立てて眠った。
その寝顔があまりにも無垢だったから、自然と口元が緩んでしまった。

鋼に剣を教えるようになって数か月が経った。
俺はこの数か月間、人の世とこの世を往復する生活をしている。
首を探すという口実を盾にして……。

首を奪還して軸を殺して呪詛を絶つ……当初の目的を達成するには、少々あいつと同じ時をすごしすぎたようだ。

「あったのか?結局、……じいさんの首は。」

「いや、結局今回もはずれだ。」

穂刈にまで嘘をつくことになるとは思ってもみなかったが、俺にはもう多分……殺せないのだということは悟っていた。
殺せないということは、鋼の家族は見殺しにするということだ。

「おまえならどうする?」

「何がだ?」

「一人の身内か、大勢の他人かを選べって言われたらだ。よくある話だろ?」

何となく話をぼかして尋ねると、穂刈は相変わらず顔色ひとつ変えずに口を開いた。

「決まっている。前者だろう、おまえは。何だかんだ甘いからな、オレたちには。」

穂刈はよく周囲を見ている。
俺のことも例外じゃない。
だから妙に納得してしまった。

「……おまえはそれで正しいと思うか?」

「問題じゃない、正しいか正しくないかは。誰が決めるんだ?その正誤は。」

「穂刈……」

「おまえが決めたなら、おまえにとってはそれが正しい。だから文句はない。」

穂刈はああ言っていたが、真実を知ったら鋼は悲しむだろう……。
それだけはわかりきっていた。

「鋼、ちょっといいか?」

「うん!」

剣術を教えるようになってから、もうすぐ十ヶ月が経つ。
さすがにもう、身内に誤魔化すのは限界だろう。

「最近はどうだ?家の人間とは上手くやってるか?」

「う~ん……おばあちゃんだけかな。おれに優しいの。でも、殴られることは減ったよ!!あとね、殴られてもあんまり痛く感じなくなった。殴られるときにこうやって顔の角度を変えたりするとね、痛くないんだ!!荒船が剣以外にもいっぱいおしえてくれたからだね!!」

「そうか……ちょっといいか?」

俺は鋼の腕を取り、袖をまくり上げた。
確かに最近は傷を治すことも減ったし、鋼の身体にも前のようなひどい痣は残っていない。

「たまには殴り返せよ。」

「え?」

鋼はぶんぶんと首を振った。

「なぐったら痛いよっ!!それに、おれはもうだいじょうぶ。荒船がいてくれたから強くなれた。」

「そうだな、おまえは強い。」

「へへへっ」

くしゃくしゃっと撫でてやると、満面の笑みを浮かべて見上げてくるんだ。
俺も少し影響されたのか、最近表情が柔らかくなったと周囲に指摘された。
少し照れくさい。

「鋼、俺はもうここには来れないから、元気でやれよ。」

少し、泣きそうになっていたと思う。
最近以前よりも感情の抑制が効かなくなっている自覚はあった。

「えっ!?どういうこと??」

「俺は探し物があってここに来ていたんだ。でもやっと見つけたから、もうあっちへ帰ることになった。」

「嘘っ、嘘っ、嘘だぁ~~~!!ともだちじゃなかったのぉ~~~!!??」

鋼は目に涙を溜めて、俺に抱きついてきた。

「鋼、悪いな。」

これ以上一緒にいたら、俺は鋼を殺せないどころか……。

「嫌だっ!!あっちの世界に行くならおれも連れてって!!迷惑にならないようにするよっ!!荒船の邪魔はしないからっ!!」

鋼を殺すことができない以上、あまり人の世に関わり続けるのもよくない。
それに、首だけ奪って浄化したとしても、鋼が軸として受けた影響は消えない。
つまり、鋼だけが割を食う形になる。

「駄目だ。おまえがこっちに来たら、一瞬で殺され……」

何で俺は今まで気づかなかったんだ。
こいつはすでに影響を受けているはずだ。
あと七……いや、十年もすればこちら側に……。
だが、そんなことをしたらこいつは家族を更に何人も失った挙句本当に孤独になる。
俺はこれ以上鋼を泣かせるのか?

「やっぱり駄目だ。」

「嫌だっ!!おれ荒船がいなくなったらまたひとりだよっ!?」

俺だってもうすでに情が湧いてんだ、本当はずっと傍で見守って……。
俺はやっとその場でその感情の存在を自覚した。
この俺が、八歳のガキに絆されるなんて……考えてもみなかった。

「そんなに言うなら俺のもんにするぞっ!?」

「それでもいいから連れてってっ!!」

「鋼……」

俺は膝を折って、鋼の小さな身体を抱きしめた。
ああ、人は本当に温かいな……。

鋼が俺と一緒にいたいなら、俺はその他大勢を切り捨てよう。
鋼にそうさせるのは俺だから、鋼は何も悪くない。
それに、放っておいてもしばらく軸は動かない。
軸が動くときは、鋼が子を成したときだ。
どの道鋼の家族は死に至る。
だから……本当にいいのか?それで。

「鋼、おまえ俺と一緒にいるために他は全部捨てられるか?」

「うん。だっておれ、荒船いがいにともだちいないもん……」

鋼が表情を曇らせてうつむいた。
おまえはそうやってあと十年もの間、その孤独と戦わなきゃならない。
だが、その戦いが終わったら……。

「元服して暫くしたら迎えに来る。それまで少しの間待てないか?」

「待ってたらまた会える?」

「ああ。そのときは、俺の伴侶になれよ。」

「はんりょって何?」

「そのうちわかる。」

俺たちにとって十年なんてのは一瞬だ。
だが人にとってはそうでもないだろう。
俺という思い出が鋼を泣かせるくらいなら、逆にちょうどいいかもしれない。
軸を固定すればこいつは呪詛の影響を受けて、必ずこちら側に来る。

「鋼、目を瞑れ。」

「こう?」

瞳が伏せられたのを見届けてから、小さくて柔らかい唇に触れるだけの接吻をした。

「何をしたの?」

「契りだ。いいか?これからお前の一番大切な記憶を担保にして、お前を護るまじないをかける。記憶があると寂しいだろ?……だから全部、持って行ってやる。そのときになってもし嫌になったら……ちゃんと言えよ?」

「うん、約束っ!!」

もし万が一別の人間を選んでいても、呪詛がそいつを殺すだろう。
俺はもう、決めたからな。
鋼以外は全て切り捨てて、鋼を俺のものにする。

半妖にとって、こちら側に来ることはほとんどの場合死を意味している。
半妖が純血の妖に力で勝ることはほぼないと言っていいからだ。
もしあちらに戻りたいと言ってきたら、潔くこの手を放そう。

「荒船、もうずっと森を歩いているけど、まだ先か?」

「ああ、あと少し……」

……そう決めていたはずだった。
一晩の間に逃げることもできたはずなのに、こいつはのこのこと約束の場所にやって来た。
まだ記憶は戻りきっていないはずなのに……だ。

「鋼、後悔しても知らないぞ。」

違う、こんなことが言いたいわけじゃない。

「大丈夫だ。心配してくれてありがとう。」

「本当は違うんだ。」

「何がだ?」

鋼の腕を引き寄せて、その体を抱きしめる。
あの頃と何も変わらない温かさに、目頭が熱くなった。

「おまえは何も悪くない。」

俺がおまえの家族を殺したようなものだと、……いつかちゃんと話せるだろうか?

***あとがきという名の無駄な対談***

村上:終わったな……荒船。

荒船:いや、まだあるそうだ。俺たちに子どもができた設定の未来編が……。

村上:子ども?男同士だぞ??

荒船:性別ない設定なんだとよ。勝手だよな腐女子は。あ、もう女子じゃねぇなあいつ。

村上:しかしアレだ、……今回はまだ短くてよかったが、荒船がとうとう幼少期の俺に……

荒船:それな。

村上:どの辺りで殺せないって思ったんだ?

荒船:あ~……本当は最初の夜のシーンで殺そうとするシーン入れるつもりが「私には無理…!!」って言ってキーボード投げたらしいから。あともう握り飯抱えて来た幼少期のお前見た瞬間絆されてたみたいなこと言ってたな。

村上:そうか……。

荒船:それだけかよ?

村上:幼少期の俺っていもむしの妄想だからな。俺が出てる~~~っていうよりは妄想独り歩きしてるな~~~の傍観者視点というか……。

荒船:羨ましいぜ。

村上:何がだ??

荒船:他人事だからだよっ!!

村上:ところで子どもいる設定ってどっちが産むんだ??

荒船:もうそれ以上は言うな……本当に書き出すだろあいつ。

村上:それもそうか……。本編に沿った話もまた書いて欲しいな。

荒船:俺的にはもうどっちでもいいが、恥ずかしい話はやめろと言いたいぜ……。

***終幕***