ボーダーの夏休みは、各々交代で希望を出して取ることになっている。
仲のいい隊員同士もしくはチームで取る場合もあり、生駒隊はチームで合わせて取ることが多い。
「そんなわけで、今年もこの時期がやってきたわけや!!」
生駒達人は、テーブルにどさどさとパンフレットを広げた。
「今年はどこにしよか?」
「あ~…そっすね……海外もええですよねたまには……」
水上敏志はパンフレットの山から南国と大きく書かれたものを手に取った。
「おれは海がいいっす!!」
南沢海が元気よく手を上げ、その勢いでテーブルがガタガタと弾んだ。
「ちょお海、危ないっ!!う~ん…ウチは今年は焼きたくないねん。海はパス。」
細井真織が意味深に深いため息をついた。
「何でやっ!?マリオちゃんの水着…かわええのに……」
「おいマリオ、イコさん泣いてもうたやん。水着くらい着たってや。」
あからさまに肩を落とす生駒の頭を、隠岐孝二がわざとらしくなでる動作を見せつけてくるが、細井は二人からさっと目を逸らした。
「だ、だって……」
細井が海を拒むのは、去年の夏に日焼けしすぎて痛い目を見た、ただそれだけの理由からである。
調子に乗って男性陣のノリについていった結果、カンカン照りの太陽の下で長時間遊びすぎてしまい、3日間シャワーすらままならなかったのである。
終いには兄二人にけちょんけちょんに馬鹿にされてしまい、今年は絶対海はやめようと誓ったのだった。
「ほ、ほんならプールは??プールはどうや??」
生駒の期待の眼差しに、細井は無慈悲に首を振る。
「プールは水虫が伝染るから嫌や。」
「うっ……」
生駒は最早完敗である。
「ほんならどないしよか~?何かええ案ある?隠岐??」
水上は順番に一冊ずつパンフレットをパラパラとめくっていくが、特にこれという案は浮かばなかった。
「そういや今年は実家帰らんのですか?」
隠岐がパンフレットをめくりながら生駒の方を振り返った。
「おん?帰るで!一週間休みあるから、最後の3日間は実家帰ろう思うててん。」
「イコさんって京都っすよね??」
南沢が表情を輝かせた。
「せやで。……何?俺ん家来たいんか??」
南沢がうんうんと勢いよくうなずいた。
「京都の夏は、ほんまに暑いでぇ~?」
京都は地形的に盆地である。
盆地はとにかく熱が溜まりやすく、夏は暑い。
「ほんでも観光地ですやん。俺ら休み取ったの盆も終わっとる時期ですし、人の数も多少減っとる頃とちゃいます??」
水上は携帯を取り出し、早速ネットで情報収集を始めている。
「ええですね。おれもイコさんの実家気になりますわぁ~!!海、稽古つけて貰えるんとちゃう?」
隠岐がニコニコしながら賛同した。
生駒の祖父は居合の師範であり、生駒の剣の師匠でもある。
生駒と同じく弧月を扱う南沢は、たまに生駒に稽古をつけてもらうことはあったが、生駒の剣の師がどんな人なのかはまだ知らない。
「わぁ~~~!!めっちゃ行きたいっす!!」
南沢がキラキラした目で生駒を見上げた。
「お、おん。ほんなら来る?マリオちゃんはどないする?」
「……海とプール以外なら……。」
そんなわけで、生駒隊一行の夏休みは生駒の実家に行くことに決まったのだった。
生駒の家は、昔ながらの日本家屋だった。
しかも敷地内に居合道場もあるため、敷地的にはなかなか広い。
門前には「生駒道場」と書かれた立派な看板が掲げられていた。
「デカいっすね……」
蝉の声がうるさく響く中、水上が看板を見上げてぼそりと呟いた。
その額から汗が一筋流れ落ちる。
「そうでもないで?古いから覚悟しとき。裏の方に回らんとあかんねん。こっちやで。」
生駒は4人を誘導しながら道場の脇をすり抜けた。
道場に人の気配はない。
生駒家の玄関前にたどり着くと、白髪の男が仁王立ちで待ち構えていた。
「暑い中よぅ来はりましたな。」
白いタンクトップに短パン、そしてビーチサンダルという恰好をした老齢の男が、深々と頭を下げた。
「「「「はじめまして、お世話になります!!」」」」
笑顔で5人を出迎えたのは、生駒の祖父だった。
背丈はちょうど生駒より5cm程小さいが、歳の割に体格がかなりいい。
更に姿勢もいいので、顔はじいさんのそれだが背格好はずっと若く見えた。
「じいちゃん、熱中症になるで。出迎えはええから中入っとき。」
「この程度の暑さ屁でもないわ!!」
生駒が祖父の背中を押しながら、4人に振り返る。
「皆、入って入って。」
「「「「おじゃましまぁ〜す!!」」」」
水上、細井、南沢の順に玄関の敷居をまたぎ、最後に隠岐が玄関の引き戸を閉めた。
「何もお構いできへんけど、遠慮せんで何でも言うてね。」
玄関を入ると、生駒の母が出迎えた。
髪はショートボブにしている活発な印象の女性だが、物腰はとても柔らかい。
「おかん、じいちゃん外出しとったらあかんやん。暑さで倒れるで。」
「ちゃんと注意したんやけど、人の言うこと聞かへん人やから……ここから見張ってはおったんやけど。」
「あ、荷物二階に運んでな。二階が客室やから。マリオちゃんはおかんに部屋聞いてな。別の客室用意してあるから。」
「ありがとうございます。」
細井が生駒と生駒の母親に深々と頭を下げた。
そして生駒母と細井は、一階の奥に向かった。
「お風呂頂きました~!」
隠岐が客室の襖を開けると、もうすでに4人は敷かれた布団の上に寝そべっていた。
「おっ!!隠岐が戻ったから始めるで~!!」
生駒はリモコンで部屋の明かりを消した。
「ちょおマリオ、おれの場所ちょっと空けて?」
「え~??」
「え~??やないやろ。ほらほらそっち寄り。」
細井が半身を南沢の布団に乗り上げて、隠岐は自身が寝る予定の布団の上に腹ばいになった。
これから始まるのは、恒例の生駒隊百物語である。
生駒が布団の上に胡坐をかいだ。
「ほんなら最初は誰いく?」
懐中電灯で下から照らされる生駒と目が合い、何故か声を出して笑いそうになる隠岐だった。
「ほんなら俺から……」
最初に名乗りを上げたのは水上だ。
「あんま怖くないかもしれへんけど、俺が幼稚園くらいのときの話なんやが……」
5人の目の前には、生駒母が用意してくれた冷えた麦茶のボトルが盆に乗せられている。
そして盆の横には皆で持ち寄ったお菓子が山のように積まれていた。
水上がコップに注がれたお茶をひとくち口に含み、ごくりと音を立てて飲み込む。
「3歳くらいのときの記憶って皆ある?俺実はそれよりもちょっと前から記憶残ってんのやけど……」
隠岐と南沢はニコニコと聞いているが、細井はすでに隠岐の袖を引っ張っている。
生駒は懐中電灯を置き、チョコレート菓子の箱を開けた。
「俺が3歳のときにな、うちの親父がいっぺん過労で倒れたことがあって、おかんがおとんの見舞いのために病院に行く日は、当時中学生やった兄貴が俺の面倒見てくれはってたんやけど……俺が寝とる間に兄貴が外出したときがあってな、そんときにぽーんぽーんってボールの音がしたんや。室内でしかも俺以外誰もおらん家で、ぽーんぽーんってずっと鳴っとるから、兄貴が帰って来たんやなって思うて、台所に歩いて行ったらな、当時の俺と同じくらいの女の子がおってん。ああ何や近所の子ぉが遊びに来たんやなって思うて、しばらく庭で一緒にボール遊びしててんけど……その後兄貴が帰って来てな、『一人で何しとるん?』って言うから、『友達とボールで遊んどるんや。』って言うて、振り返ったらもう女の子はおらんかってん。」
水上は再び麦茶で喉を潤してから続けた。
「それからな、しばらく夢にその女の子が出てん。最初は一緒に遊ぶだけやったやけど、『お家に遊びに来て?』言うから、『ええで。遊び行ったる。』って応えたらニタァって笑うんや。その笑顔見て、あ、これヤバいやつやなぁ…って、今なら気づくやろうけど、当時の俺はまだ3歳や。友達できて嬉しい!!って思うて毎日夢で遊んどった。」
細井はすでに、隠岐の腕を抱き込んでいる。
水上が続けた。
「そしたらな、その翌日から40度くらいの熱が出て、生死を彷徨ったんや。医者は原因がわからん言うてて、おとんの入院もあったし、おかんは焦燥しきっとった。そんときに何となくあの女の子が悪さしとるな~って気づいて、兄貴にお願いしたんや。庭に埋めた猫に、念仏を唱えてやって貰えんかって。女の子と出会ったその前の日に、俺は死にかけの猫を見つけててな、看取った後に兄貴と一緒に庭に墓を作ったんや。例の女の子は猫と同じ場所に傷作っとったから、間違いないなと思うてな……。」
「うっ…ひっく、その猫ちゃんはっ、……一人で逝くんが寂しかったんすねっ、……」
「なして隠岐は泣いとるん?」
隠岐が涙を流しながらずびずびと鼻水をすすっているので、生駒はティッシュ箱を差し出した。
「ねっ、猫ちゃんっ!!」
「あかん、こいつがおるのに猫ネタはあかんかったな……。まぁそんなわけで、兄貴にお願いしたらわざわざ馴染みの坊さん呼んでくれて事なきを得たっつうわけですわ。動物の霊はちゃんと供養せんと、人より祟りが怖い言うからな。皆気ぃつけや。」
水上はポテトチップスの袋を開けて、お盆の上に広げた。
隠岐はまだ鼻をかんでいる。
「ほんなら次は……」
生駒がチョコ菓子を咥えながら、各々の顔を順番に見ていった。
こうして続いた生駒隊百物語だったが、最後のトリは隠岐に決まった。
「去年のバレンタイン付近でちょっと休みもろうたやないですか?覚えてます??」
「おん…そういやそうやったな……」
生駒は返事をしながらもちょっと眠そうである。
水上はすでに寝る体制に入っており、耳だけこちらに傾けている。
南沢はもうしっかりと布団に潜って眠っている。
細井はうとうとしながら隠岐の布団に入っていた。
「去年のバレンタインは狙撃手の女の子やらオペレーターの子やらクラスメイトの女の子らに沢山もろうて、お返しどないしよう……ってちょっと沈んどったんやけど……」
「え?自慢??自慢がしたいん??」
急に覚醒した生駒は、ポテトチップスに手を伸ばしながらちょっと……いやかなり不満気である。
「せやから最後まで聞いてくださいって。」
「お、おん……」
「女の子達は皆おれらみたいにガサツやないから、結構気が利いてて、チョコレートにはちゃんと名前入りのメッセージカードを入れとってくれはるんですけど、ひとつだけメッセージカードが入ってへん箱があったんですわ。記憶を遡ってもその箱を誰からもろうたのか思い出せへんので、どないしよう思いながら箱を開けたんですわ。」
「ふんふん。」
生駒はぬるくなった麦茶をごくごくと飲み込んだ。
「中には綺麗な手作りチョコがぎっしり入っとったんやけど、誰からもろうたんかわからへん手作りチョコはちょっと怖いなぁ~思うて、ひとつ割ってみたんですわ。そしたら……」
「そしたら?」
生駒は隠岐の方は見ずにぽりぽりとお菓子を頬張っている。
「髪の毛が入っとったんです。しかも明らかに故意で入れられた量でしたわ……。」
「ぐっ、げほっ、げほっ、……なんやごめん……『自慢か?』とか言うてもうて……」
租借していた菓子くずを変なところに流し込んでしまい、生駒はせき込んでしまった。
「ええんです……でもおれが経験したホラーで一番怖かったんは去年のバレンタインっすわ。せやから今年は知らん女性からのチョコは全部お断りして、名前がないもんはそのまま破棄させてもらいました。」
「まぁ……俺でもそうするわ。ご愁傷さんやったな……。」
そんなこんなで生駒隊百物語は微妙な空気の中終幕し、隠岐に叩き起こされた細井は女子用の客室に移動して行った。
朝方まで話していた一行が起きたのは、昼近くになった頃だった。
本日は京都市内散策の予定である。
「よっしゃほんならどこ行こか?」
生駒が伸びをする横で、水上は来るときに駅で貰ったマップを開いていた。
「まぁ妥当に金閣寺辺りはどうっすか?個人的には東寺が気になってんすけど……」
「ふんふん、他にリクエストある?」
「そういやさっきイコさんのお母さんから今晩近所の神社で花火大会があるって教えてもろうたんですが、夕方から花火大会はどうですか?」
隠岐がそう言いながらスニーカーの紐を固く結んで立ち上がった。
「おれは抹茶スイーツ食べたいっす!!あとにしんそば!!」
南沢がぴょんぴょん跳ねながら手を上げた。
相当暑いのに大層元気である。
「あ、ウチはくずきりが食べたいと思うててん。あと花火大会はウチも気になる。」
「わかった!!まとめたか水上?」
生駒は水上の方を振り返ると、水上は携帯でコース検索を始めていた。
「ここから近場の観光地巡りながらスイーツ食って、早めに戻って花火大会!もう昼も近いし、今日はあんま周れへんかもしれんけど、続きは明日周ることにしましょ。調べたら東寺は結構見るとこあるみたいやし、今日は東寺見て余裕あったら他も見て、駅周辺でスイーツ食う感じにしよか。」
こうして一行は歩き出したのだった。
「京都って今はもう、歩いとんの外国人ばっかなんすね……」
水上が濡れた額をハンカチタオルで拭いながらぼやいた。
「せやなぁ…俺も正直住んどった頃からこっちの方に遊びに来ることはそうなかったからなぁ……。特に桜や紅葉シーズンは歩くのも大変やで。」
生駒の背中はすでに汗が滲んでいる。
「そういえばイコさんと水上先輩って高校同じやったんですか?」
隠岐が後ろから尋ねると、生駒が後ろを振り返った。
「せやで。俺こっち出身やけど、高校は大阪やったし。水上は結構有名人やったからなぁ。」
「何言うてんすか!?イコさんの知名度ヤバかったっすよ。」
「せやったんか?」
水上の発言に一番驚いたのは、当の本人だった。
「この人普段めっちゃボケとるけど、スポーツ全般そつなくこなすから、色んな部活から引っ張りだこになってたんや。そういや結局部活はされてへんでしたよね?何でなんすか?」
「あ~~~……あれはじいちゃんがな、どないしても俺に居合教えたいって言うてきたから、中学から高校までの間は部活はせんで居合教わっててん。三門に越したのが高2の冬頃やから、それまでやけどな。よう考えたら青春時代の一番ええ時期を全部じいちゃんとすごしとったんやな、俺……せやから彼女できへんかったんかな?」
生駒が哀愁漂う真顔で水上の顔を見つめた。
お互い汗だくである。
「いや、俺に訊かれても知りませんがな。」
水上は突っ込みつつも、ちらちらと携帯で道を確認しているのでやはり器用である。
「でも俺当時いっぺんだけイコさんの居合見学したことがあってん。あれ何のときでしたっけ?」
「多分、俺が水上をチームにスカウトした辺りやな。何や学校の文化祭の見世物でやってくれ言われて、体育館借りて居合の演武をやったことがあったんや。」
「あんときのイコさんほんまかっこよくて、女子もきゃーきゃーはしゃいどりましたよ。」
「ほんまに??」
「まぁ彼女はできへんかったみたいですけど。」
「……残念ながらそうなんや……今もおらへんしな。」
「正直防衛組織とかあんま興味なかったし、俺が行って何ができんねんって思うとったけど……この人は絶対戦力になれる素質ある思うたし、まぁそれやったら俺が頭使うて支えたろ思うてな。」
「せ、せやったの??」
水上の言葉に、生駒は感動してちょっと泣きそうになっている。
しかし相変わらず表情は変わらない。
「俺もプロ棋士になるの断念して、人生の目標見失いかけとった時期やったから、ほんまは感謝してんすよ。まぁ普段はただのツッコミ担当ですけど。あ、着いたで。」
一行は目的のスイーツ店に到着した。
「ここで一服しましょ。」
水上がハンカチタオルで汗を拭いながら、「ふぅ~」と息を吐いた。
それぞれ一服した後に東寺を見学し終わる頃には、時刻は16時をすぎていた。
「まだ明るいけど、この時間になるともう入場できなくなる施設もあるから、飯食ってから花火大会向かいません?」
水上が携帯の時計を見て提案すると、生駒がうんうんとうなずいた。
「せやな。にしんそばでも食いに行こか。」
「わぁい!!一回食べてみたかったんす!!」
「海はほんまに元気やなぁ……」
まだまだ元気が有り余っている南沢に対し、隠岐はすでに暑さでバテつつあった。
「あんた大丈夫?」
心配した細井が隠岐の顔を見上げると、やはりずいぶんと顔色が悪い。
「大丈夫……」
言いかけてふらつく様子を見て、さすがの生駒も隠岐の不調に気がついた。
「隠岐、おまえいつから体調悪かったん?」
「へっ、平気ですって……」
倒れそうになった隠岐の肩を生駒が支え、水上は生駒から二人の荷物を受け取った。
「海、悪い。にしんそばは明日行けたら行こ。おかんに飯の支度頼むから、今日はこのままうちへ帰るで。」
生駒は隠岐の肩を支えながら近くにあったベンチに座り、携帯で実家に連絡を入れた。
「隠岐先輩大丈夫っすか?」
「………」
南沢が心配そうに見つめるが、隠岐は頭痛のせいか反応もできていない。
「タクシーで帰ろか。水上頼める?あと海、これで冷たいもん買うてきてくれへんか?」
「了解。」
「了解っす!」
水上は携帯アプリでタクシーを呼び、生駒に財布を渡された南沢は近くの自販機へ走って行った。
隠岐が目を覚ましたときには、すでに空には月が出ていた。
「あ、起きたか?」
最初に視界に飛び込んできたのは生駒の顔だった。
「おれ、あれからずっと寝てました?」
「おん。よぉ寝とったで。」
「他の皆は花火大会ですか?」
「おん。俺が行けって言うたんや。まぁ、せっかくやしな。……体調は?」
「大分ええです。腹も空いてくるくらいには。」
「そりゃええやん。飯ここに運んでやるからちょお待ち。」
「あ、ありがとうございます。」
生駒が部屋を去った後、隠岐がそろりと起きてカーテンを少し開けて覗くと、夜空には花火が上がっていた。
「窓も開けてええんやで?こっから花火観ようや。」
盆に乗った食事を抱えた生駒が、いつの間にか戻っていた。
隠岐は寝ていた布団をたたみ、用意された食事を口にする。
おにぎりとサラダと味噌汁という簡単なものだったが、とても美味しく感じた。
「すんませんおれ、迷惑かけて……」
「まぁあれやな。今後は体調悪い場合は早めに言うてな。別に迷惑やないけど、皆心配するし。」
「すんません……。ほんまはイコさんも花火大会行きたかったですよね?」
「俺はもう何度も行っとるから、別にええよ。」
「でも、今年の夏は一回しかないんですよ?」
「まぁ……せやけど、飯粒ほっぺに付けて泣きそうになっとるイケメンは放っとけんやろ。」
生駒は隠岐の頬に付いた米粒を指ですくい上げ、そのままぺろりと口に入れた。
隠岐は目頭が熱くなるのを感じて、咄嗟にうつむいてしまう。
「イコさんほんまに彼女おらんかったんですか?」
「おん。」
「信じられへん。ほんまに、世の女は見る目ないですね。」
隠岐は自分の気持ちに気づきかけたが、蓋をしてなかったことにした。
叶わない気持ちなのは、火を見るよりも明らかだとわかっていたからだ。
「ただいま~!!隠岐、平気か??」
しばらくして、水上が両手に袋を下げて戻って来た。
「これ、土産な。イコさんと食べて。これからはほんま無理せんときな。あ、りんご飴もあるけど食べます?」
水上は鞄に差していたりんご飴をタッパーの一番上に置いて、生駒に袋ごと手渡した。
「マリオちゃんと海は?まだ戻らんの??」
生駒は受け取った袋を漁り、中から焼きそばとお好み焼き、そしてから揚げとりんご飴を取り出して割り箸を割った。
「ちょっとコンビニ寄って飲み物買うて来る言うてましたわ。俺は冷めないうちにこれ届けんとって思うて。……ん?隠岐は何笑うてるん?冷めんうちに食べんと不味くなるで?」
「すんません……おれほんまこのチームおってよかったって、そう思うてんですわ。」
隠岐が生駒から割り箸を受け取った。
先ほどは軽く食べただけだったので、隠岐にもまだ食べる余裕は残っているようだ。
「そりゃよかったやん。そういや海がカラオケ大会で一等もろうたんすよ。その景品でスイカもろうてんすけど、明日皆で切って食べましょ。」
「ええな。そうしよそうしよ。」
生駒は口をもごもごしながら、うんうんとうなずいた。
「そういやスイカの切り方っていつもどうしてます?」
水上がコップに麦茶を注ぎ、一気に飲み干してから生駒に向かって尋ねた。
「普通に真ん中で切って、端から真っすぐに切るんやないの?」
「対角線で切っていくと大きさの差が出にくいらしいですよ。」
「なるほど……明日試してみよか。」