It is the heart always that sees, before the head can see.

「ねぇねぇ隠岐くん、一緒に帰らへん?」

「ええよ。でもミヤちゃん、彼氏くんはええの?」

「ええのええの。あいつあたしのこと絶対馬鹿にしとるもん!!もう別れるかもしれへんし。」

ミヤと呼ばれた女が、隠岐の腕に巻きついた。
わざとらしく胸を当てているが、隠岐はそれについては何も言わなかった。

「ほんまに?あんな仲良うしとったやん。」

隠岐が帰り支度を済ませ、ミヤと共に教室を出た。
一部のクラスメイトに何となく白い目を向けられていた気もするが、隠岐にとってはどうでもいいことだった。

「せやけど……ミヤどうしたらええかわからへんし……。ミヤ隠岐くんに乗り換えよっかな~?」

「やめときやめとき。おれと付き合うても何もええことないで?」

「そんなことない!隠岐くんイケメンやし、いっつもミヤに優しいし。」

「イケメンちゃうて。現に彼女とかおったことないで?」

「え?嘘やんっ!?」

「せやで。立派な童貞や。」

現在高校一年生になりたての隠岐は、まださすがに女性経験はなかった。
過去バレンタインに告白めいたことはされたことがあったが、相手に興味が持てずに全て断っている。

「ミヤほんとに惜しいことした~!!隠岐くんにはもう、美人で気立てのいい、ミヤなんて足元にも及ばない彼女がおるって思っとったよ~~~!!」

彼女がいると思っていたくせに、べたべたひっついて歩こうとするこの女も大概である。

「ははっ、そんな子と出会えたらええな。」

校門を出てしばらく歩くと、幅15mほどの川が流れている。
この川には、古い石橋がかかっていた。
石橋の柵は通常より低めに造られていて大変危険なので、近々ここには新しい橋が建設予定である。
その石橋に差し掛かった頃、ミヤは顔面蒼白になって立ち止まった。
彼氏くんの登場である。

「ミヤちゃん、彼氏くん迎えに来とるで。」

隠岐は固まっているミヤの肩に手を置いた。

「放せやボケっ!!」

「かっちゃんやめてっ!!」

隠岐はミヤの彼氏、克実に肩をどつかれた。
鋭い目で睨まれても隠岐は平然と構えていたが、殴られそうな気配を感じて鞄を地面に置いた。

「人の彼女連れまわしてええ度胸やん。」

「おれはミヤちゃんにちゃんと言いましたよ?『彼氏くんはええの?』って。」

「はぁっ!?断ればええ話やんけっ!!ミヤもミヤやっ!!」

右から拳が飛んできたので、隠岐はそれを素手で受け止めた。
しかしその反動で、体勢を大きく崩してしまった。

「あっ!!」

「おっ、おいっ!?」

隠岐はそのまま、柵を越えて川に落ちてしまった。

「隠岐くんっ!!」

叫んだのはミヤで、克実はさすがに慌てたのか人を呼びに走った。
綺麗とはお世辞にも言えない川であるが、深さが結構ある上に水の流れも早い。
制服が水を吸って重くなってしまったため、身体も上手く動かなかった。
隠岐はヘドロの混じった冷たい水に沈みながら、このまま死ねたら楽なんじゃないかとぼうっと考えていた。
高校一年、青春盛りの15歳である。
世渡りは上手な方だと自負しているが、誰かのために大きく心が動いたことは、実は一度もなかった。

「お目覚めかな?」

目覚めたのは病院のベッドで、母親と知らない男が病室を訪れていた。
訊くと、ミヤと克実は遅くまで付き添ってくれていたようだったが、母親が帰したようだった。

「君の家に伺ったらこちらに運ばれたと訊いて、とても驚いたんだよ。」

「あなたは誰ですか?」

「孝二、無理しないで。」

隠岐は、母親に支えられながらゆっくりと上半身を起こした。
幸いかすり傷で済んだようだったので、強く痛むところはないようだ。

「私はこういう者です。君、よかったらうちに来ないか?」

界境防衛組織ボーダーの職員を名乗る男は、隠岐に名刺を手渡してきた。

「大規模侵攻って訊いたことあるかな?」

「あ、はい。」

三年前……三門市に住む人の多くが、近界民という異世界の住人に殺されたり連れ去られたりした、誰もが知る大事件である。
そのとき街自体にも大きな損傷を受け、今もまだ人が住めない区域があると訊く。

「是非私達と戦って欲しい。報酬も破格だよ。」

「戦うって……おれ普通の高校生ですけど?しかも最近まで中学生やった……」

「そうだね。でも問題ないよ。うちには君と同じくらいの子たちが沢山所属しているからね。中には中学生もいる。それに、二十歳をすぎてしまうと、多くの人はトリオン器官の成長が緩やかに衰退していく。だから君くらいの年齢の子の方が、強くなれるんだよ。」

その男の話にはあまりピンと来なかった隠岐だったが、

「君、ここにいても人生楽しめていないだろ?」

最後の言葉はかなり刺さった。

「C級隊員の諸君、はじめまして!!俺は本日担当する、嵐山隊の嵐山准だ!!よろしくっ!!」

嵐山及び嵐山隊のメンバーが入隊式をアナウンスする中、隠岐は列の後ろの方でぼうっと余所見をしていた。

「なぁなぁ水上、さっきの子見た?めっちゃかわええんやけど。」

「ハイハイ、嵐山さんの話ちゃんと訊いてくださいね?ほんまにいつも楽しそうでええですね。」

すると、斜め前方の二人組が関西弁で話しているので、同郷かと思い興味が引かれた。

「すんません、もしかして大阪の方ですか?」

「せやけど……こっちはちゃうで。このノリで京都人や。信じられへんやろ?」

細身で三白眼の男が、隣りの体格のいい男を差した。

「そない信じられへんか?まぁでも高校は大阪やし、大阪も京都も変わらへんやろ?名前何ていうん?」

「隠岐孝二言います。高校一年です。そちらは?」

「そないかしこまらんでもええで。俺は水上敏志、高二。」

水上が頭をかいた。

「俺は生駒達人、高三や。隠岐言うんか!男前やん、ええなぁ。」

生駒はずっと硬い表情をしているが、何だかノリはよさそうである。

「男前やあらへんですよ。生駒さんの方が男前やとおれは思いますわ。」

謙遜やお世辞ではなく、本心だった。

「男前に男前言われると、何や照れるやん……」

「真に受けんでくださいよイコさん。お世辞ですよお世辞。」

生駒が真に受けているところに、水上がすかさずツッコミを入れる。

「えっ!?そうなん??」

「いやいや、お世辞やないですって。それにしても、ええ体してはりますね。何かされとったんですか?」

「そない鍛えとったわけやないで?」

そう応えながら、生駒が腕を組み直す。

「イコさんの家、居合道場やねん。いっつもアホばっか抜かしとるけど、技見たら度肝抜かれるで。」

「へぇ、ほんまですか?」

「ほんまほんま。しかもこの人、仮入隊時の加算ポイントが2500ポイントやから、すぐB級上がるで。俺は1500ポイントしか加算されへんかってんで?差がえげつないやろ?」

隠岐の事前加算ポイントは1700ポイントである。
見込みがあると言われたのも、生駒の前では霞んでしまっている。

「やっぱ関西人同士で喋っとると落ち着きますわ……。」

隠岐は、特に大阪に愛着を持って生活していたわけではなかったが、三門市に来てからはやたらと故郷を恋しく思うことが多くなっていた。
不思議なものである。

「せやんなぁ。隠岐おまえポジション決めたん?もし決めてへんかったら攻撃手か狙撃手にせぇへん?」

生駒の突然の提案に、隠岐は一瞬目を見開いた。

「えっと、……ポジションはまだ決めてへんのですけど、なして二択なんですか?」

「ボーダーのチームは三人編成が多いんやけど、どうせやったら上位目指したろ思うて。上位目指すんなら遠1・中1・短2の編成が最良やと思うててん。まぁ誰でも思いつく話かもしれへんけど……。そんで、俺らすでにポジション決めとるんや。」

どうやらこの水上の話によると、上位を目指すならバランスのいいチーム編成が必須ということであり、数の優位もとれるように四人編成のチームを作ろうとしているらしい。

「おれでよければええですよ。力になれるかはわからへんですけど……。」

「ほんまにっ!?ありがとうっ!!」

生駒がそう叫んで隠岐の手を握ったので、周囲の視線が二人に集まった。
他人と深く関わることなく当たり障りのない人生を歩んできた隠岐にとって、本当の意味で必要とされることは今までほとんどなかったので、純粋に嬉しかった。

あれから、生駒は数日という早さでB級入りし、隠岐と水上もそれに続いた。
隠岐は結局、狙撃手を選択することにした。
理由は単純で、攻撃手の方が瞬発力や体力が目に見えて必要だったからだ。
それと接近戦よりも遠距離戦の方が、隠岐自身何となく向いている気がした。
その後新たに攻撃手の南沢海とオペレーターの細井真織を加え、無事水上が構想していた四人編成チームの生駒隊が完成した。
名前の通り、チーム最年長の生駒が隊長である。

「あかんな~~~こりゃあかんわ。」

「イコさん何唸っとるんですか?便秘ですか??」

「隠岐ぃ~、おまえその顔で『便秘ですか?』はないやろ。女の子が泣くで。」

学校から直接向かった作戦室には、まだ生駒しか来ていないようである。
生駒はランク戦のログを観ながら、データが書かれた紙を眺めていた。

「早いやん。まだ14時やで?」

「テスト週間ですよ。皆ももうすぐ来はるんやないですか?イコさんこそ早いですやん。」

「俺は最終学年やからな、もう授業はないんや。」

ロッカーに鞄を入れてから、隠岐は生駒の隣りの椅子に座った。

「防衛任務までまだ時間あるんで、おれここで勉強させてもろうててもええですか?」

隠岐はリュックを足元に置いて、筆記具と教科書、ノートをテーブルの上に出した。

「おん、ええで。えらいやん隠岐、ちゃんと勉強しとるとか。」

「ははっ、皆やっとりますよ。……イコさんそういや大学どないするんですか?」

「もう決めとるで。三門市立大学にボーダー推薦や。」

「ええやないですか。」

「まぁな。でも推薦といっても筆記試験はあるからなぁ……勉強はせんとあかんのが難儀やで。」

生駒は腕を組んでため息をついた。

「そういえばさっきなしてあんな唸っとったんですか?」

「ん?ああ、弓場ちゃんの対抗策考えんとあかんなと思うとんのやけど……」

「ああ、攻撃手の間合いのギリギリ外から撃ってきてはりましたもんね。あれはヤバいですわ。」

「せやんなぁ……」

隠岐はノートに走らせていたシャーペンをふと止めて顔を上げた。

「旋空って、射程距離伸ばせんのやろか……後で水上先輩に訊いてみましょか。」

数時間後―――

「発動時間削れば射程は伸びるはずやと思いますよ。でも通常は確か1秒くらいで発動するはずやから、発動時間ゼロコンマ台にするってなると、骨が折れますね。」

水上が言うには、旋空の発動時間と射程距離は反比例関係になっているらしい。
つまり発動時間を短くすればするほど、射程距離は伸びる。
しかし通常でも1秒くらいの発動時間で使うオプショントリガーである。
口で言うほど簡単ではないと、生駒もさすがによくわかっている。

「ゼロコンマ台か……とりあえずやってみよか。旋空をいつもより瞬間的に発動すればええんやろ?」

「まぁそうですね。でも旋空って弧月使いは大体皆入れてますけど、何やかんや実戦で当てるんは困難やって言われてますからね。駄目やったら他の方法考えましょ。」

一週間後、再び場所は生駒隊作戦室である。

「そんなわけで瞬間的に旋空発動する練習しとったら、何や射程が思った以上に伸びてびびったわ。」

生駒はあれから、時間を見つけては旋空弧月の射程距離を伸ばす訓練をしていたようだった。
その甲斐あって、持ち前のセンスと祖父から培った技術で、弓場琢磨の射程距離を超えることに成功したようである。

「イコさんかっこいいっす!!これで弓場さん倒せますねっ!!」

南沢がキラキラした目を生駒に向けた。

「おん、せやな。最長何メートルやったっけ?マリオちゃん。」

「大体40mくらいやな。」

「通常は15mくらいしか射程伸ばせへんはずやから、上出来やと思いますよ。イコさん居合やっとるし、センスあるからなぁ……アホさえなければモテると思いますよきっと。」

水上がうんうんとうなずいた。

「アホ言うなや。俺はいっつも真面目やでっ!!」

「いっつも真面目にアホやっとるから救いようがないんですよ。……って、隠岐は何笑うとんねんっ!?」

隠岐は4人のやり取りをニコニコしながら見つめていた。

「いや、いつも通りやなって……何やおれ、このチームほんますきですわ。」

本人は気づいていないが、隠岐はここに来て心の底から笑うことが増えていた。

「隠岐おまえ、恥ずかしいことを照れもせずによく言うな……」

そう言いながら照れているのはなぜか水上の方である。

「イコさんよかったですね。これで弓場さんにも対抗できるし、量産型トリガーで必殺技とか、イコさんにしかできへんと思いますよ。かっこええですやん。」

「ほんまに??これで俺モテると思う??」

生駒が隠岐に、期待の眼差しを向ける。

「もうすでにファンはおると思いますよ。イコさん鈍いから、気づいてへんだけやと思いますわ。」

「隠岐ぃ~~~!!!!!イケメンに言われるとちょっと自信付くわぁ~~~!!!!!!」

「はいはいその辺にしといてくださいね。もう時間やから、俺ら防衛任務に行ってくるわ。マリオ後頼むで。」

水上が生駒の背中を押しながら、モニターに向かう細井の方を振り返った。

「了解。」

”ゲート発生!!ゲート発生!!”

警告アラームが鳴り響いたのは、この日の防衛任務も終わろうとしていた時刻だった。

「基地南西地区に大規模ゲート発生っ!!今確認できとるだけで2つ出現しとるみたいや。敵は今のところバムスター二体。」

「バムちゃん二体了解。今一番近いのは誰や?」

細井の警告にいち早く反応したのは生駒だった。

「おれと海が近いですわ。イコさん達が来るまで、おれらで対処しときましょか?」

ゲートが出現したのは隠岐と南沢のいた方面である。
ビルの屋上にいる隠岐は、イーグレット越しに南沢の位置を把握している。
今日はたまたま広範囲を少ない人数で担当しているため、生駒隊は二人ずつに別れて任務に当たっていた。

「おん。そうしてくれ。無理はすんなや。」

「了解。つうわけや、援護するから無理はせんときな、海。」

「了解っす!!」

南沢はもともと運動能力が高く戦いのセンスはあるが、この時点ではまだ半人前である。

「海、一体ずつ倒していこうや。バムスターの攻撃力は低いけど、油断すんなや。」

「ほいほいっ!!」

南沢がバムスターの背後からその足元を斬りつけると、隠岐は正面からイーグレットで狙う。
一体目が倒れたところで、すかさず弱点の口腔目掛けてもう一発撃ち込んだ。

「あと一体っ!!」

”ゲート発生!!ゲート発生!!”

残り一体のバムスターに向かって南沢が走り出したところで、再び警告アラートが鳴った。

「おいおい……マジかい……」

発生したゲートは、隠岐の正面と背後にひとつずつ、南沢の右側面にもひとつ、出て来たのはモールモッドである。

「隠岐、大丈夫かっ!?」

内部通話越しに水上が叫んだ。
レーダーによると、生駒と水上の二人は近くまで来ているようだ。

「ちょっと大丈夫じゃないですわ……狙撃手は見つかったら終わりやのに、目の前に出て来てますし。」

隠岐はイーグレットを構えたまま、固まってしまった。
正面のモールモッドがこちらに狙いを定め、襲いかかってきた。

ズアッ!!!!

すると、大きな斬撃がモールモッドをあっさり真っ二つにした。

「え?」

隠岐は放心状態のまま、その場にへたり込んだ。

「隠岐、今の見たかっ!?凄いやろ??俺の新必殺技や。」

いつの間にか背後のモールモッドも真っ二つにされている。
隠岐は目を丸くするばかりで口をぱくぱくさせていた。

「いっ、イコさん……」

「ギリギリやったけど、間に合うたみたいやな。弓場ちゃん対策が役に立ってよかったわ。」

相変わらず顔面から感情は読めないが、生駒はうんうんと腕を組んで得意気に自画自賛をしている。

「海の方は水上が向こうたから多分平気やろ。こういうとき逃げられへんのはあかんな狙撃手は……って、怪我はないやろ?」

「ないです……ほんまに、ありがとうございます。」

隠岐の心臓はばくばくと脈打っていた。
隠岐は未だ先ほどの場所にへたり込んだままである。

「そない怖かった?」

「そうですね……接近戦の訓練はしてへんですし……ベイルアウト使う手もあったはずやのに、動けへんかったですわ……」

生駒の手を取りやっと立ち上がった頃には、水上と南沢の方の敵も片付いていたようだった。
隠岐は生駒の顔を呆然と見つめている。

「イコさん、隠岐は無事でした?」

そうこうしていると、水上から通信が入った。

「おん。無事やで。そっちは片付いたか?」

「はい。今片付いたんで、すぐに合流しましょ。」

「了解。」

通信を切ってから、生駒が隠岐に向き直る。

「今日はギリギリ間に合うたけど、危ないときはベイルアウト徹底せんとあかんかもな。」

「……そうしますわ。」

「隠岐ぃ~、何凹んでんねんっ!?」

生駒はうつむいている隠岐の背中をばしばしと叩いた。

「痛っ!?痛いですわイコさんっ!!」

苦笑いを浮かべながら、隠岐は自身の背中をさすった。

「俺らは無敵のヒーローやないんやから、おまえが凹む必要はないやろ。無理なときは逃げたってええし、逃げるのも戦術のうちやろ?」

「イコさん……」

隠岐にとって、生駒の言葉はいつも前向きで温かい。

「ほな、帰ろか。」

「はい。」

数日後―――

「隠岐ぃ~相談なんやけど。」

南沢とTVゲームをしていた隠岐が、水上の声に振り返る。

「どうかしました?」

「おまえ、グラスホッパー使うてみぃへん?」

「え?グラスホッパーって、攻撃手用のトリガーやないんですか?」

「いや、使用トリガーとポジションはガチガチに固定されとるもんやないで。なぁ隠岐、おまえグラスホッパー使えるようなったら、この前みたいなことになっても五分くらいの可能性で生き残れるで?あと、何より狙撃位置に着くんが早なるから、狙撃手としても圧倒的に有利や。」

確かに狙撃手は敵に囲まれたらアウトである。
水上の言うように、先日もそれで痛い目を見たばかりだった。

「……了解です。当たり前ですけど、狙撃手の訓練では使い方教えてくれへんので、誰か見つけんとあかんですね……。」

「せやんなぁ……しゃあない、先生は俺が探しといたる。そん代わり絶対使えるようなれよ?おまえの移動スキルに、生駒隊の命運がかかっとるんやからな!!」

「んなオーバーな……イコさん一人でもポイントガンガン獲っとるやないですか。」

隠岐はまだ、自身の移動スキルがそれほどチームに貢献できるとは思えないでいる。

「馬鹿言うなや。ええか?イコさんかてやられるときはやられるんやで?海だってまだ半人前やし、俺も悔しいけど能力的に前線出てメイン張れる方やない。でもお前は訓練真面目に参加しとるし、現時点では俺よか個人ポイントも獲っとるし……俺の読みが正しければ、おまえがグラスホッパー使えるようになるだけでまたチームの順位上がるで。」

「水上先輩がそう言わはるなら……。」

「よっしゃ、ほんなら決まりなっ!!」

水上は携帯を取り出し、早速同級生に教えを乞えないか訊いているようである。

「そういや、今日イコさんは来ぉへんのですか?」

水上はスマホをポケットに仕舞い、ミーティング用のテーブルに大量の書類をどさりと置いた。
どうやらこれから処理するつもりらしい。

「ああ、イコさんは今日模試やって。遅くなる言うてたわ。防衛任務はないけど、提出書類貯め込んどる言うてたから、俺ができるところまで処理したろ思うててん。おまえも手伝うてくれると助かる。」

「もちろんええですよ。」

隠岐は水上の隣りの席に腰を下ろし、机の上にあるボールペンを一本取った。

「今日はマリオが実家の法事に行っとるから、助かるわ。」

隠岐は書面に目を通し、書ける場所だけ埋めていった。
提出書類の内容は防衛任務や訓練報告など、さまざまである。
生駒は意外としっかりしているため普段はあまり貯め込んだりはしないのだが、たまにはこういうときもある。
PCで直接入力してデータで送信する方が楽なので普段はそうしているが、水上が隠岐に手伝ってもらうために紙面に出力していたようだった。

「そういえばイコさん、大学行かはるんですね。大学卒業したらどないするつもりなんやろ……」

隠岐がふとペンを止めた。

「せやなぁ……社会人になるのと同時にボーダー抜ける人も多いみたいやしな。抜けるってなったらあの人記憶消されて、俺らのこと忘れてまうかもしれへんし……それはちょっと寂しいわ俺。」

「……記憶の処置って、人によるって訊きましたけど……」

隠岐が再び書面に目を落とした。

「イコさんの場合は俺もわからへんわ。感情読めへんこと多いし、たまに何考えとんのかほんまにわからへんしな。消される可能性はなきにしもあらずやと俺は思うとるで。」

「水上先輩は大丈夫そうですよね。ええなぁ……」

「何おまえ?自分は記憶消される方やと思うとんの?」

水上にとっては意外だった。
隠岐は人の信頼を得やすい性質だと思っていたからだ。

「まぁ……そうですね。おれあんま深く人と関わってこんかったから、人の信頼を得るにはどうすればええのかわからへんのです。」

隠岐は自分で言っていて悲しくなった。
しかし誰かを特別に考えたことすらないくせに、誰かの特別になりたいなんてことは口が裂けても言えない。

「イケメンにも悩みがあるんやな。もっと気楽に構えとるんやと思うてたわ。」

水上は手を止めて顔を上げた。
隠岐の表情が少し曇っていたからだ。

「水上先輩なら知っとると思いますけど、人間の距離感って母子関係に依存するやないですか?うちは母親に我儘言えん家庭やったもんで……気づいたら誰にも我儘言えんようなってしもうてて……。それ以前にあんま何かを強く渇望したりとかもなかったんで、ボーダーのスカウトも特に志もないまま何となく受けてここにおるんです。だから……あんまおれに期待せん方がええと思います。」

隠岐が苦笑いを浮かべるので、水上は何だかいたたまれない気分になった。

「何やおまえ、そないな考え方して生きとったんかい。せっかくええ男に産んでもろうたんやから、もっと人生楽しまんと……」

そうこうしていると作戦室の自動ドアが開いて、私服姿の生駒が入って来た。

「あっ!!イコさんっ!!お疲れ様っす!!」

一番に立ち上がったのはゲームをしていた南沢だった。

「模試どないでしたん?」

水上が生駒に振り返る。

「あ~~~まぁまぁやろ。まぁ進学先はもう決まっとるからええねんけど、やっぱ自分の立ち位置確かめときたいしな。ええ刺激になったわ。」

生駒は両手にお菓子とジュースが入った袋を持っていた。

「そないなことより悪いな、書類処理やらせて。俺もすぐ取り掛かろ。あ、差し入れ買うてきたけど食う?」

「食べますっ!!」

南沢は生駒から袋を受け取った。

「隠岐、この人みたいになるんはハードル高いけど、人生は楽しんだ者勝ちやで。」

「おれもそう思います。」

「何?隠岐俺みたいになりたいんか??照れるやん。」

生駒はロッカーに荷物を入れてから、隠岐の右隣りに座った。

「イコさんええ男やから、おれも見習お思うてんですわ。今度どっか遊びに行きません?」

「どの口が言うか?ええ男はおまえやん。まぁええけど、どうせなら皆で遊び行こうや。」

「はいは~い!!おれ、夢の国行きたいでっす!!」

南沢が元気よく手を挙げる。

「ならおまえもこれ手伝えや。そしたら考えたる。」

水上がびしっとボールペンで南沢を差した。

「はぁ~い!」

こう言われて素直に手伝えるところが、南沢のいいところである。

「え~!?そんな可愛い耳とかウチ無理や!!あんたらだけで着けとったらええやん!!」

「マリオ、そう言わんと……イコさん泣いてまうで??」

水上は細井の前でわざとらしくため息をついた。

「勝手に泣けばええやんっ!!無理無理無理ぃ~~~!!」

「ほんまは可愛いもんすきなクセに……難儀な性格やなぁ……。」

生駒隊のメンバーは全員で有休を取って、南沢の提案通り夢の国にやって来た。
しかし初っ端からこの調子である。

「イコさんの奢りやし、ウサ耳とは言わんから……せや!このクマ耳はどう?」

水上はピンクのうさ耳のカチューシャを売り場に戻して、隣りに並んでいるオレンジのクマ耳のカチューシャを手に取った。

「ううっ、……」

細井も正直ここでダダをこねていても迷惑がかかるだけだということは重々承知していた。

「ここは夢の国や。ちょっとはハメ外しぃや。」

「ほんならそれで……」

「おっけっ!!イコさんやっと決まったみたいなんでお会計いいっすか??」

店を出て細井がふと隠岐の頭を見ると、同じクマ耳が頭に着いていた。

「あ~~~!?あんたもそれにしたんっ!?」

「マリオもクマちゃんにしたん?かわええよな。」

イケメンの爽やかな笑顔に押し切られてしまったが、細井にとっては悲劇である。
他にクマ耳を着けている人間がメンバー内にいないため、周囲に付き合っていると勘違いされるかもしれないからだ。

「何やペアルックみたいやん。俺もクマにしよかな。」

「イコさん自分で妥当なネズミにしとったやないですか。交換不可っすよ。」

水上は犬耳、南沢は猫耳のカチューシャをして夢の国を練り歩いた。

「イコさん、最初何乗ります?」

水上が、南沢と並んでチュロスを頬張っている生駒の隣りに並んだ。

「せやんなぁ……優先順位決めん?皆何乗りたい?」

そうしていくつかのアトラクションを楽しんだ後のことである。

「おれ、ちょっと疲れたんで休憩しとってええですか?」

隠岐は生身の体力がそうある方ではないため、すでに長時間並び続けてへとへとになっていた。

「ほんならそろそろ飯にしよか?何食べよ?」

生駒が水上を見ると、「ハイハイ」とスマートフォンを取り出して専用アプリを開いた。

「今の時間やと和食かジャンクフードなら比較的空いとるみたいですわ。レストランは30分待ちみたいやけど、まぁ許容範囲ちゃいますか?」

「俺は何でもええから、皆で決めたって。」

生駒が他のメンバーの意見を募った。

「マリオはどこがええ?」

こういうときにすかさず女子の意見を優先するのは、さすがの隠岐孝二である。

「そん中ならレストランかなぁ……でも隠岐早よ休憩取りたいやろ?何でもええで。」

「おれも腹に入れば何でもいいっすっ!!」

南沢は元気が有り余っているようで、手を挙げながらぴょんぴょん跳ねている。

「俺も特にこだわりないから、ちょっと待つけどレストランにしよか?」

水上が先頭に立って、五人はレストランに向かって歩いた。

「五名様ですね?どうぞ、お席にご案内致します。」

30分より少し早く店内に案内されたのはラッキーだった。
生駒隊の面々は、丸いテーブルを囲む形で座った。

「隠岐は生身の体力あんまないんやな。肉食って筋トレせんとあかんのやない?」

隠岐が右隣りに座る生駒に覗き込まれると、苦笑いを浮かべて頭をかいた。

「せやっておれも思うとるんですけど、一人じゃ筋トレもなかなか続かへんので参っとるんですわ。」

「トリオン体でおるときもベースは生身やからな。生身の体力はあっても損せんと俺も思う。まぁ俺も体力そうある方やないけど……。」

パスタをフォークでくるくる巻きながら、水上がうんうんとうなずいた。

「海も持久力はあんまないやろ?なして今日そない元気なん?」

生駒が斜め前の南沢の方を見る。

「おれ、楽しいときはあんま疲れてるとか思わないんすよー!!その代わり帰ったら玄関とかで爆睡してて、よくお母さんに怒られるっす!!」

そう言いながら南沢がフォークを振り回すので、左隣りに座る水上がすかさず取り上げてテーブルに置いた。

「海はもうちょい落ち着きや……お母さん可哀想やん。」

南沢の隣りに座る細井が、大きなため息をついた。

「一人だとどないしても続かんのですわ……イコさん一緒に筋トレしません?……イコさんには必要ないかもしれへんですけど……。」

「ええで?まぁ確かに一人だと結構しんどいと思うわ俺も。」

隠岐は断られる前提で提案したので、すんなりと承諾されて目を丸くした。

「え?ええんですか?ほんまに?」

「おん?ええで。俺もこっち来てからじいちゃんと稽古しとらんし、何かせんとあかんなって思うてたし。」

そんなわけで、生駒と隠岐は一緒に筋トレを始めることになった。

数日後、場所は生駒隊作戦室である。
防衛任務を終えて戻ってきた隠岐に、作戦室で待機しつつ報告書を作成していた水上が振り返った。

「隠岐ぃ~!!ほれ、やるなら本格的にやった方がええやろ?穂刈に頼んでメニュー考えて貰うたで。」

「ありがとうございます。」

隠岐が水上から、筋トレメニューが書かれたメモを受け取った。

「まぁ頑張りや。俺もときどき参加しよかな。」

「穂刈先輩にもお礼伝えといてくださいね。」

「おう。」

「隠岐戻っとる?」

そうこうしていると、作戦室の自動ドアが開いた。
迅に呼び止められていた生駒が、遅れて戻って来たのだ。

「迅さんはよかったんですか?」

「おん?大丈夫や。今日から始めるんやろ?着替え持って来た?」

「持ってきました。場所はトレーニングルームでええですよね?」

「おん。荷物ここ置いて、着替えたら行こうや。」

「ほんまは迷惑やなかったですか?イコさんそのままでも充分強いし、おれなんかのために時間割いてもろうて……」

帰り支度を終えて二人で歩いていると、隠岐が急に立ち止まった。
太陽はすっかり沈みきっていて、闇の中に街灯が灯っている。

「いや、迷惑やったら引き受けんやろ。隠岐は何を遠慮しとるんや?」

結局トレーニングメニューはギリギリこなせたが、隠岐は満身創痍の状態だ。
対して生駒には余裕が見えるので、隠岐はあのとき生駒に声をかけたことを少々後悔していた。

「……イコさんって誰にでもそやって優しいんですか?」

「普通やろ?俺は隠岐の方が優しいと思うけどな……。」

生駒と隠岐の住むマンションは、建物は違うがかなり近い位置に建っている。
そのため、帰る方向もほとんど同じだ。
お互い一人暮らしなので気兼ねもない。

「おれのは……優しさとちゃいますよ。おれの優しさは相手のためやなくて、自分のためのもんです。イコさんみたいに自然体で人と仲良うなれたら一番ええと思うけど……おれには無理でした。」

「『無理でした』って、なして過去形なん?それに人間そんなもんやろ?自分のためでも人に優しくできるんはええことやで。」

「ほんまにそう思いますか?」

「俺は嘘つかへんで。」

生駒が相変わらず表情を変えずに隠岐の顔を見つめるので、隠岐は何だか笑えてきてしまった。

「チームに誘ってもろうたときのこと、覚えてます?」

「おん。」

「おれね、誰かにちゃんと真正面から必要とされたんは、あれが初めてやったんですわ。」

「そんなわけないやろ。」

「そんなわけあるんですわ。」

二人は赤信号が灯る横断歩道で、ほぼ同時に足を止めた。

「そもそもおれ、小さい頃からあんま人と上手く付き合える方やなくて、ちゃんとした同性の友達とかもおらへんかったから……この前遊びに行けたんも凄く楽しかったんです。」

「異性の友達はおったんやな?」

生駒は彼女いない歴イコール年齢なので、ちょっと悔しがっている。

「異性の友達は形だけですよ。あの子らにはちゃんと本命がおりましたし。」

思い返すと、隠岐にとって記憶に残る親しい人間はほとんどいなかった。
それが悲しいことだと知ったのは、最近のことだ。

「せやから一度、あんときのお礼言うとこ思いまして。チームに誘うてくれて、ありがとうございました。」

隠岐が生駒に頭を下げた。

「そう改めて言われると照れるやん。」

生駒は表情は変えていないが、照れているのか少し耳を赤くした。
ここで信号が青に変わったので、二人は再び足を踏み出した。

「おれたまに攻撃手になっとけばよかったって思うんですよ。」

「何でや?狙撃手向いとるかもって言うてたやん。」

「たまに海にマンツーマンで稽古つけてやってはりますでしょ?ええなぁって思うとりました。」

「何やそんなことかい。チーム訓練は参加しとるやん。」

「狙撃手は孤独なポジションなんですわ。」

実際、狙撃手は隠れて動いて一人で撃つのが仕事である。
見つかったら負けとも言われている分、やはり孤独という表現は的確だろう。

「イコさんかっこええなぁ……おれが女の子やったら絶対放っときませんわ。こんなええ男。」

「そない褒めても何も出んで?」

生駒は冗談のつもりで受け取っている。

「イコさんひとつ訊いてええですか?」

「何や?」

「おれが女の子やったら、付き合うてくれはりましたか?」

隠岐にとっては、何となく口から滑り落ちた質問だった。
特に深い意味を含んだつもりはない。

「隠岐が女の子やったら……せやなぁ……考えるかもしれへんな。隠岐はイケメンやから、女の子になっても絶対かわええと思うからな。」

「……」

隠岐がその場で立ち止まった。
突然涙がぼろぼろと零れてきたので、彼自身驚いている。

「おい、隠岐?どないしたん??」

「何でもないですっ、……何でもっ、……」

隠岐はやっと自分の気持ちに気がついた。
望みがないのは明らかだと悟り、溢れ出る感情から目を逸らし、蓋をしていた。
『女の子だったら』という仮定の話は、冗談で済ませるためのオブラートにすぎなかったのだ。
隠岐はそれを意識せずに自然にやっていたことに、苦笑いを浮かべた。

「泣いとる姿も男前やなぁ。」

「ははっ、何言うてんですか……」

生駒が冗談なのか本気なのかわからないことを言うので、隠岐は涙を零しながら声を出して笑ってしまった。